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 そろそろ梅雨かな
      の6月
   

 ここでは、普段から私が考えていることを徒然に書いていきます
 内容は何を書くかわかりませんので、暇な人は見ていってください
 ひょっとしたら私の性格分析ができるかもしれません。


 【6月編】

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★2002.6.22 ・・・・・  移入種と交雑・5  ・・・・・
 前回に続いて、今日は移入動物の現在の生態的な位置についてです

 確かに、近年移入されたブラックバスなどのように天敵がほとんど存在しない生態的な上位種であったり、アライグマなどのように生態的な位置が近い他種(キツネやタヌキ)が存在する場合に、どのような影響を及ぼすのか・・・・・曖昧な部分があることは確かですが、ドブネズミとクマネズミが日本に侵入した例で考えても、ハツカネズミは個体数は減らしたかもしれませんが、絶滅したわけではなく、ドブネズミとクマネズミの勢力の及ばない範囲で、したたかに生きながらえています

 ライギョが日本に移入され、異常増殖したときも、このままでは日本の生態系が破壊されてしまうのではないかと、かなり心配されましたが、今では、ライギョを探すことが難しいくらいです。きっと、生態系の一部に組み込まれてしまったのでしょう

 生態のまったく違うブラックバスとライギョを一律に比較することは危険なこととは思います。それに、バスは、子育てをしますので、止水域と流水域との違いを勘案しなければいけないのかもしれません。これから、ブラックバスはどうなっていくのでしょうか?・・・・・ライギョのように生態系の一部に組み込まれていくのか、それとも、現在のように、水中の王者として君臨を続けるのか?・・・・・まったく予断を許しませんが、もう少しの年月は様子を見ないと結果はでないのかもしれませんが、僕は、生態系の一部として組み込まれていくものだろうと考えています
 その大きな理由は、いくら大食漢であろうと、他の魚をすべて食べ尽くすことはできないだろうということと、捕食される魚種も、今のところは、バスによる捕食圧から逃れる術を身につけていませんが、中には、この捕食圧から上手に逃げ延びているものいるわけで、これらの逃げ延びていく優秀な遺伝子が残されている限り、これから逃げ延びていけるものは、少しずつ増殖を始め、最後は落ち着いた生態系に戻り、そのうちにバスも生態系の一部に組み込まれていくだろうと考えています
 ただし、特産種や希少種が多い琵琶湖などでは、その間に大きなダメージを受けることは、間違いがありません。しかし、ダメージを受けたからと言って、ブラックバスによりある特定の種の魚が食い尽くされることはないだろうとも思っています

 古くはタイワンザルやタイワンリス、ウシガエル・アメリカザリガニ・ミシシッピーアカミミガメなどもそうなのですが、これらの動物が移入され、日本各地に住みついたからと言って、在来種で駆逐されてしまったものなんていないし、今では、『世間は受け入れている』ような感じすらします。今更、取り立てて騒ぐこともあるまいというのが、僕の基本的なスタンスなのです
 これが、移入された動物が、とてつもない疫病みたいなものを伝染させるというのであれば、別なのですが、多少の移入種が入ってこようとも、一時の間はとてつもなく増殖をし、さまざまな憶測を呼ぶのですが、結局は、自然の一部と化してしまうというのが僕の自然観なのです

 ハクビシンやアライグマは、これから増殖を続けていき、どのような新しい生態系を築いていくのか、とても興味があるところです

 本日の写真は、イタドリです。どこでも普通に見られる植物ですが、いまやヨーロッパ一の悪者のレッテルを貼られているような感じがする植物です。これは、幕末から明治前後にかけて世界から日本に訪れたシーボルトらの博物学者が、イタドリの株を母国に持ち帰り、それ以降、少しずつ繁殖を繰り返し、現在ではヨーロッパでもかなりの地域に広がってしまい、日本で言うところのセイタカアワダチソウ的な扱いを受けているそうです。ちなみに、日本のコイも外国では天敵扱いを受けている魚です
 

★2002.6.20 ・・・・・  移入種と交雑・4  ・・・・・
 今までに、移入植物と移入動物の歴史と現状について、簡単に触れてみました

 次に考えなければいけないのは、彼らが日本に帰化したことにより、どのような影響を与えたかという評価をすることが必要だと思います。今日は移入植物(帰化植物)の生態的な位置みたいなことについて、少し考えてみたいと思います

 そうは言っても、正確に評価することは、かなり困難ですし、移入前の環境を推測するのも、かなり難しいのですが、わかっていることが二つだけあるように思います
 それは、移入種が現在の日本の自然環境を形成してきた一員であるとともに、すでに生態系の一部に組み込まれているものすらあると言うことです。帰化植物といわれるものは、ほとんどこれに該当しそうな感じがします

 ひそかに移入してきて、知らない間にあちこちに居着いてしまう。そうしているうちに、また新たな侵入種が来て、弱いものは駆逐されてしまうし、強いものは、既に定着してしまっている帰化植物さえも、駆逐をしてしまう勢いにあるものもあります

 歴史や自然とは、この繰り返しだけなのではないのでしょうか?・・・・・

 現在日本に侵入してきていると考えられる千数100種類にも及ぶ帰化植物は、日本の生態系を破壊してきたのかもしれませんが、その反面、日本の人里近くの景観形成をしてきたとも考えられます

 帰化植物と言われているものは、巷間言われているように、本当に【悪】なのでしょうか? 悪だとすると、帰化植物がどのような生態系に悪影響を与えたのか?・・・・・・
 たとえ植物であろうと、あらゆる手段(戦略)を用いて種子の分散を図っていて、その結末に、現在の植生環境があるわけで、このことが本当に悪と言えるのか。在来の植物種を駆逐してしまうことが、本当に悪なのか。僕には、少し疑問が残るところです

 本日の写真は、1枚目が大石と言う早生品種のスモモです。山に行っているときに、近くの畑でおばあさんが収穫をしていて、僕に分けてくれました。このスモモは、とても美味しいのですが、出荷するときは実が青いうちに出荷をするので、店頭に並ぶときにも、完熟をしていないため、すこぶる評判の悪いスモモなのですが、気になっているときにこれくらい赤みがあると、それはそれは美味しく、スモモの王様です
 2枚目の写真は、桑の実です。今時分になると、ほとんどが完熟した実しかなく、ほとんどが真っ黒になっていますね


★2002.6.16 ・・・・・  移入種と交雑・3  ・・・・・
 今日は、帰化動物の歴史と現状についてです

 近世以前では・・・・・
 個体数でいえば、圧倒的に多いのはネズミでしょう。ハツカネズミ・クマネズミ・ドブネズミの3種です。ハツカネズミは、原産地は地中海沿岸地域と考えられ、弥生時代の頃に、稲作(米)とともに日本に渡ったきたとか、弥生人とともに渡ってきたと考えられています。

 次にクマネズミですが、このネズミは原産地が東南アジアと考えられています。遣唐使船とともに渡来したと考えられています。家屋性のネズミですので、ハツカネズミとともに弥生時代に到来してもよさそうなものですが、どうやら種の起源がハツカネズミよりも浅いために、弥生時代には存在しなかったのか、中国にまではいなかったのだと推測されます。遣唐使船によって運ばれた書物がこのネズミに囓られていたことがわかっていますので、遣唐使船によって日本にもたらされたと考えられています
 最後のドブネズミですが、原産地はシベリアから中国北部の湿地と考えられています(ですから水にも強い)。江戸初期前後に朝鮮経由で日本に渡ってきたと考えられています(ひょっとしたら、豊臣秀吉が朝鮮に渡ったときに、知らずに連れ帰ってきたのかもしれませんね)
 クマネズミとドブネズミの2種類のネズミは、十字軍や大航海時代に、船により世界中に広がっていることが知られている有名なネズミです

 その他、江戸時代にはたくさんの動物が輸入されていることが知られています。モルモットから始まり、大きいものではトラなどたくさんの動物達が輸入されていたのです。これら意図的に輸入された動物達は、愛玩用として輸入されたものがほとんどであったため、野外に離されることはなく、そのほとんどは死ぬまで飼い続けられたと思われますし、仮に放逐されたとしても、個体数が少なく野外で繁殖を行い、子孫を残すこともなかったのではないのかと想像されます

 近世に入り、ミンク・ヌートリア・ウシガエル・アメリカザリガニ・ライギョなどが移入されましたし、近年では、ソウギョ・ブラックバス・ブルーギル・アライグマなどが、増殖をしていることが知られています。移入経路がよくわからないものの一つとしてハクビシンなどというものもいます

 これら移入動物(帰化動物)を見てみると、帰化植物のようにいくつかに分類されることがわかります。意図的に持ち込まれたものと、意図的でないもの。輸入目的も、食用・毛皮用などなどさまざまですが、近年に持ち込まれたもの、ブラックバス・アライグマ・ブルーギルなどは愛玩用や研究用、もしくはレジャー用ということになります(ブラックバスは持ち込まれたのは古いが、拡散は近年)。これらの多用な用途は、現在の風潮を如実に現しているし、古来より人為的に運ばれてきた動植物達も、薬用・食用・毛皮用・愛玩用などなど、まさに人間生活と密着していることがわかり、その時代の時代背景が見えてきて、とても興味深いものとなっています
 

 本日の写真は、いよいよ夏を迎え、果樹王国山梨では、さまざまな果物が実りだしました。ハウス栽培のモモの出荷は終わり、いよいよ路地栽培のモモの収穫を始まりました。今日は、天気も良くなかったので、近場の山に行った帰りに、モモの収穫をしている農家があったもので、ちょっと立ち寄り、『子供に食べさせるので、出荷できないモモを300円分売って下さい』と頼んで、譲ってもらったモモです。早生の品種で千代姫という種類です。全部で17個、1個あたり17〜18円です。さすがは、果樹王国です。ちなみに、モモの生産量は、山梨が日本一なのです


★2002.6.13 ・・・・・  移入種と交雑・2  ・・・・・
 さて、いよいよ移入動植物種問題についての話です

 最初は、その歴史と簡単な現状について考えてみるとします
 正確に検証することは非常にたいへんな作業です。それに、いつまでさかのぼることができるのか?・・・という問題もありますので、かなりの部分に僕なりの推定・推論が入ってくることを、あらかじめお断りしておきます

 最初は、歴史上わかっていることから始めてみたいと思います。日本という国は、古来からの記録媒体である和紙と墨という文化が中国から伝来したということと、王族国家(?)であったことから、古く(西暦400年前後)から、宝物に混じってたくさんの古文書の類が残されているという、世界でも希な国であります
 このような古文書の類に残されている中で、なおかつ移入種に触れられている最古のものは、遣唐使に関わる文献ということになります。この文献の中では、中国より数10種類の植物を日本に持ち込んだことが記載されているようです。もちろん、遣唐使ばかりではなく遣隋使の頃も同様で、たくさんの植物が日本に持ち込まれていたようです
 この遣唐使・遣隋使の頃、日本に持ち込まれた植物の一覧もあるのですが、手元の資料が見つからず、ここで持ち込まれた詳しい種を書くことができませんが、【日本在来種】と思われているような種がいくつか散見されたことを思い出すほどです

 その後も日本は、大規模な交易はなくなったものの、近世(明治)に至るまで、細々と中国・朝鮮と交易を続けていますので、古文書などに記載されていないものでも、かなりの植物が持ち込まれていることは、想像に難くありません
 江戸時代に、日本人にもっとも愛された【梅】【アサガオ】などもそうで、元々は中国原産種なのです。身近なものではザクロ・カリン・モモなども中国から渡来したものなのです

 草本性のものでは、数え上げればキリがありませんが、1992年には1,127種と発表されています
 イヌタデ・ホトケノザ・エノコログサ・ハコベ・ナズナ・フジバカマ・オオイヌノフグリ・アカザなどの草本類から始まり、ムレスズメ・ウルシ・ハリエンジュ・ミツマタなどの木本類に至るまで、日本の山野には帰化植物で埋め尽くされているのではないかと思えるくらい、特に人里近くには帰化植物だらけです。近年ではアレチマツヨイグサ・ブタクサなどが猛烈にその勢力を拡大していることは、皆さんご存じの事と思います

 これらの帰化植物は、どのような理由や方法で日本に持ち込まれたのかを考えてみると、有史以前のものは、【稲作:米】の伝来とともに、持ち込まれたものとされています。また、遣唐使が始まって以来の交易により持ち込まれたものは、主には薬用・食用目的に持ち込まれたものと考えられていて、中国からの影響を強く受けていることがわかります。キビ・ソバ・モロコシ・ゴボウ・ダイコン・カブ・ゴボウ・茶などの雑穀・野菜類は食用として、ミツマタは紙の原料として、桑は養蚕原料として、その他の植物は薬用として・・・・・というような感じでしょうか?
 また、これらの帰化植物は、意識的に持ち込まれたものと無意識に持ち込まれたものとに別れることもわかります。無意識に持ち込まれたものは、利用されずにそのまま放置され、山野にはびこったことでしょうし、意識的に持ち込まれたものでも、利用価値がなくなれば放置されたことは言うまでもありません。これは、現在も、昔もまったく同じですね
 近年では、大豆や小豆などの食料品に混じって、さまざまな植物の種子が持ち込まれていることも知られていて、そのわずかな種子から野生化していくものも少なくないと思われます
 そうして、今の植生環境がつくられてきたというのが、日本や世界の現状ではないのでしょうか?

 手短に書こうと思ったのですが、少し長くなってしまいました。本当はもう少し細かく触れてみたい部分もあるのですが、面倒なのでこれくらいにしておきます

 帰化動物の歴史と現状については、次回に・・・・・



 本日の写真は、腰痛に効くと言われているマムシグサの写真です。なんとなく下界を睥睨している感じで好きなアングルです


★2002.6.12 ・・・・・  移入種と交雑・1  ・・・・・
 ここ数年、移入動植物種に関する問題が、あちこちで騒がれています

 しばらくの間、この問題についての僕の見解を述べていきたいと思います。

 少し前のことになりますが、この移入動植物問題について、大学生の人と飲みながら意見を交わしたことがあります。いろいろと話は展開していったのですが、彼らの言うのには「日本古来からある種や生態系を守っていくためには、人為的に移入された種は駆逐をすべきでしょう」というような主張でした
 その主な理由は、外来種が移入されると古来からある日本の生態系に悪影響を及ぼす。ということと、近縁種が移入された場合、日本の固有種と交雑してしまう。そのような懸念を考えると、移入動植物種を放置しておくのは良くないことだと・・・・・・・

 それに対して、実は、僕はかなりの容認派なのです。移入されてしまった動植物が増えすぎてしまい、かつてあった生態系を乱していることや、地域によっては、増えすぎたブラックバス・アライグマ・ハクビシンなどが、天敵がいないことを良いことに、生態系にさまざまな影響を及ぼしていることも知っています
 そのようなことを含めても、基本的には容認せざるを得ないのかなと、考えているのです。それには、さまざまな理由がありますが、その事象一つ一つをじっくりと検討し、いろいろな視点から評価していく事が必要ですので、すぐに善し悪しを語ることはできません。ですから、何回かにわたり書いていきたいと思います

 最初は、移入種(帰化種)の歴史について考えてみたいと思いますが
 
 とりあえず、本日はここまでとして、ゆっくりと考えてみたいと思います


 本日の写真は、送電線の写真です。地形が複雑なところでは、このような低い場所にも送電線が通る場合があるのですね。鉄塔自体は高いのですが、複雑な地形のために、林道から見ると手が届きそうなほど近くに見えます


★2002.6.11 ・・・・・  嫌われ者  ・・・・・
 久しぶりに自然の話を

 ということで、本日は、自然界の昆虫の中で女性に一番嫌われていると思われている【ゴキブリ】の話です
 それにしても、とりわけ主婦のゴキブリ嫌いは、凄いものがあります。感動してしまうくらい嫌われています。その理由は、姿や形がただ気持ちが悪いというあいまいな一点だけなのです。なんとかわいそうな虫なのでしょう
 ゴキブリ類のほとんどは、雑食性で腐敗したものまで食べるので不潔と言えば不潔なのですが、それほど人間に害を与えるとは思えないのですが、不思議なものです

 ゴキブリは、かつては、世界中で食べられていた昆虫なのです。もちろん今でも食べている国はあります。無毒だし味も良いそうです
 イギリスでは、ゴキブリのペーストをパンに塗って、かつては食べていたとか、船員が船の中で捕まえたゴキブリを生で食べたとか(小エビのような味だそうです)、タイでは、ゴキブリの卵鞘を空揚げにして食べるとか、もちろん、食の中心中国でも食べられていたことはいうまでもありません
 それに、真偽はともかく、いまでも中国では、シナゴキブリが血管拡大の特効薬として、漢方薬としたくさん取り引きされているようです。かつてはアメリカや日本でもクスリとして珍重された時代があったみたいです(アメリカでは破傷風のクスリとして、日本では霜焼け軟膏だそうです)

 日本の主婦に一番嫌われているこのゴキブリですが、欧米人には以外と嫌われていません。熱帯産のゴキブリ(マダガスカルオオゴキブリなど)をペットとして飼育したり(日本でも飼育している人はいます)、なかには、家の守護神として、引っ越しの時に数匹を新しい家に連れていくなどという風習まであるようですから・・・・・

 本日の写真は、オオゴキブリの写真です。山梨では珍しく、県内でも暖かい南部地域にしか生息していません。姿形は、写真のとおりつやつやとした黒光りをする背中と、トゲトゲの足が特徴で、体長は4cmくらいでしょうか
 また、普通のゴキブリと違い、森の中で朽ち木を食べています。時には、その一生を朽ち木の中で終わらせているのかもしれません。ゴキブリ君の肩を持つわけではありませんが、もう少し寛大な気持ちで隣人に接しても良いのかもしれません。よく見れば、プロレスラーの『ストーカー市川』にもよく似ています


★2002.6.6 ・・・・・  地産地消・2  ・・・・・
 昨夜は、食品の産地の話でした

 産地といえば、変わってしまうのは食品だけではありません

 2〜3月前のことですが、山に入っているときに伐採現場があり、数名の人達が作業をしていました。そこで、昼時に少し話を聞いてみることにしました
 僕の聞きたかったことは、これからの林業の行く末はどうなるのか?
 材木の出荷先はどこか?
などです

 いろいろ聞いて、驚いたことは、材木の出荷先でした。良いスギの場合、出荷先は奈良県にまで出荷するのだそうです。ヒノキの良材は名古屋だそうです
 これも、考えればすぐにわかることですね。奈良は『吉野のスギ』で有名なスギの産地です。名古屋は『木曽ヒノキ』の集荷地として有名なところです
 山梨の良質なスギ・ヒノキ材は、出荷後どうなってしまうのか? 想像がつきますね

 県内でも、林業不振のため、県産材の消費拡大のためにさまざまな施策を行っていますが、しょせん現実は、こんなものです。材木として良材なものは、すべて県外の有名産地へ流出してしまい、県内に流通するのは、2級品のものが多くなってしまいます。これでは、いつまで経っても地方林業の振興など図れるものではありません

 さて
 昨晩と今晩の問題を突き詰めていくと、最後に行きつくところは、『ブランド信仰』になってしまうのでしょうか。このブランド信仰というものは、生産者(供給)側が作ったのか。消費者(需要)側で作ったのものなのか。そのあいだの流通が作ったものなのか・・・・・正直言って、よくわかりません
 しかし、消費者って、かなり馬鹿にされていると思うし、そのことにほとんど気が付いていないんだろうということだけは強く感じます

 本日の写真は、ギョウジャニンニクの葉の部分を細かくきざんで、少し醤油をたらした春の簡単おつまみです。このギョウジャニンニクも、人気がでてきたのは、ここ10年ほどでしょうか。20年前なら県内で名前を知っている人も数少なかったはずです。「コゴミ」・「しおじ(山アスパラ)」・「ジュンサイ」などもそうだろうと思います。まあ、県内には数が少ないので、仕方がないことですが・・・・・
 木材はブランド信仰(志向)により、地産地消の道を絶たれつつあります。最近の山菜ブームでも、同じ事が言えるかもしれませんが、山菜は、そろそろその入り口に来ているのかもしれません

 とは言いつつも、秋田から取り寄せていたジュンサイが、地元のデパートなどで売っているのを見ると、それはそれで、嬉しかったりします


★2002.6.5 ・・・・・  地産地消・1  ・・・・・
 昨晩は、サッカーW杯日本チームの試合でしたので、家の中で一人盛り上がってました

 昨年から、食品に関する安全性の不祥事問題が多発しています。多発しているというか、今まで闇の中にあったものが、少しずつ表面化してきたというのが実状でしょう。しかも、大手の食品メーカーばかりというのも、これまた不思議です
 数日前に発覚した香料の問題についてもそうです。今日の朝日新聞朝刊には、その香料を使用していた大手食品メーカーが、なんと21社も商品の謝罪と商品の回収についての広告をしていました。朝日紙上では3面に渡りこの広告が載っていたので、なかなか壮観なものがあり、こんなことは初めてのことではないのかと思いましたね

 雪印食品の例を引き合いに出すまでもありませんが、このようなことは日常茶飯事の出来事なのでしょうね。自社が自ら表示をすることくらいあてにならないものはないのですが、さりとて、一般消費者の力では、その真偽を確かめる術もないことは確かかもしれません
 このような不祥事問題も、さまざまな理由で表面化するようになっただけでも、たいしたものです。今までは闇から闇に葬られていた事が、少しずつ陽の目を見るようになったことには、少しずつ明るい社会になってきた感すらします
 しかし、まだまだ食品に関する表示は、闇の部分がたくさんあるはずです

 一番顕著なものが米でしょう
 誰しも疑問に思っているはずです。なぜ魚沼産コシヒカリがあんなに売っているのか?・・・・と
 ちなみに、魚沼地方と呼ばれている新潟県魚沼郡・南魚沼郡における昨年度のお米の生産量は76,900トンです。この数字はあくまでも生産量であり、流通している量ではありません。実際は自家消費・縁故米などでかなりの量が消費されているはずです。これらの消費量を20%と見積もると、76,900×80%=61,520トンが実際に流通している数量であると想像できます(80%という数字は、少し高いと思っていますが・・・)
 日本の米の消費量は、約1,000万トンです。そうすると、魚沼産の米の占める割合は、わずか0.7%程度しかないのです。とても、そうとは思えなくらいの量が、日常的に売られているのが現状でしょう

 甲府盆地でも、米の生産を行っています。ほとんどの農家は、自家消費用として「コシヒカリ」・「こいごころ」・「キヌヒカリ」などの銘柄を作っています。それとは別に、出荷用としては「日本晴」という品種を作っている人が多いのです

 米の集荷業者に話を聞いてみると、驚くなかれ、ほぼ全量が新潟県に出荷されているのです。山梨の農業は、果樹が中心ですので、県全体で考えると米の大消費県なのですが、集荷された米は、米の一大生産地である新潟県に出荷されているのが現状です。なぜ、新潟県に出荷されるのか? なぜ、コシヒカリではなく「日本晴」という品種なのか?
 日本晴という米の特徴は、特に美味しいわけではありませんが、クセのない味なのです。コーヒーなどをブレンドするときに、コロンビアなどと呼ばれている品種を、ブレンドのベースとしてよく利用されていますが、日本晴もそんな感じなのでしょうか?
 米の消費地である山梨なのに、米を県外に売らなければならないし、新潟も米の大生産地なのに、米を県外からも集荷している。おまけに、県内の米屋さんはそのほとんどを県外から買って来るという・・・・・
 はたからみていると、なんという無駄なことをしているんだろうとは思うのですが、これが米流通の現実なのですね

 実際の目で見たわけではありませんので、これ以上書くことはできませんが、1〜2月前にも、韓国産のミニトマトが国産のレッテルを貼られて売られていたという事件がありましたが、まあ、こんなものは氷山の一角なのでしょう

 さて、本日の写真ですが、醤油の看板です。この加工食品もかつては地産地消の代表食品でしたが、今では大手の醤油メーカさんにその座を奪われてしまい、残った地産地消の代表は【味噌】だけになってしまいました。この味噌だけは、大手食品メーカーが今までに全国制覇を果たせないでいる唯一の日常加工食品といっても過言ではありません。その証拠には、地方の中小醤油メーカーなどは、戦後バタバタとなくなっていったのですが、味噌屋さんだけは、地方で頑張って生き抜いています。これからも味噌だけは、地産地消の加工食品の代表として生き抜いていくのであろうと、漠然と思っています。
 なぜならば、味噌くらい地方により多様な製法、あるいは独自の糀を使う、当然のことですが、気候風土にあわせた使用原料の違いや、その長く続いた食文化の歴史などにより、同じ味噌でありながら、これほど地方によって多様性のある加工品は無いからです
 マニュアル時代の今の世の中ですが、統一した味噌造りのマニュアルを作り、全国に流布し、どこに行っても同じ味の味噌しか味わえないなどという世の中にならず、地方独特の味を残していってもらいたいものです


★2002.6.3 ・・・・・  電柵・2  ・・・・・
 今日も鳥獣被害についての続きです

 今のところは、電柵により農地を守ったり、ひどいところでは集落そっくりを電柵で囲うことしか、農林産物を守る術がないのが現実で、大袈裟にいえば、食べられない(被害に遭わない)のは、ネギとタマネギくらいでしょうか
 それが、農林産物の鳥獣被害の実態で、イノシシ・サル・シカ・クマなどに山村の農林産物は荒らされていて、効果的にこの農林産物を守る術は、電柵の他に見つかっていません

 では、本当に他の対策はないのでしょうか?

 こういう問題に直面したときに、最初に考えなければならないのは、兎にも角にも『原因』を究明することにつきます。原因を究明しないかぎり『対策』などありはしませんから・・・・・

 では、獣による農林産物被害が、どのような原因で起こり始めてきたのかと言うことを考えてみます
 いろいろな説がありますが、有力な説として、『山野に餌がなくなっている』ことが、大きな原因ではと言われていますが、はたして、そんな単純な理由だけなのでしょうか?
 動物達の餌が、山野に不足してきたのは、鳥獣被害が目立つようになった最近のことではなく、だいぶ前から始まっていたのではないかと、僕は思っています
 では、なぜ? ということになるのです

 振り返って考えると、昭和40年代くらいまでは、山村の農家では飼い犬を【放し飼い】にして飼っていました。そして、自分の家の田んぼや畑に行くときには、犬も飼い主のあとをついていき、そこいらじゅうに自分(犬)のオシッコをしたりしながら、マーキングをして、自分のなわばりを誇示していました。さらに、夜間に近くに棲むタヌキやキツネが出てくると、すぐに飛んでいって追い払うことをしていたので、人間界と自然界の境界が明白に存在し、その境界を守っていたのが犬ではなかったのかと・・・・・
 昭和50年代以降、農山村の過疎化に拍車がかかり、人口の減少とともに、飼い犬を家に繋いで飼うようにもなってしまい、今まで人間界と自然界の境界を守っていた番人がいなくなり、野生動物達が人間界へと新出してきたのです。それが、農林産物への鳥獣被害の根本原因なのではと・・・・・・

 現在は、タヌキ・アナグマ・ハクビシンなどが、都市の下水溝や、民家の床下や天井裏などに住みついたりしているのも同様の原因です。犬を繋いで飼っているから、野生動物達は平気で都市や人家にまで住み着けるようになってしまったのです

 結局のところ、彼らが勝手に人間界の中にやってきて、農林産物を荒らしたり、人家に住みついたりしているわけではなく、その原因を作ったのは、【人間の生産行為】の一事象(犬の放し飼いをやめた)の結果だけなのだと・・・・・

 細かく言うと、原因は犬だけではなく、他にもいろいろと考えられますが、最大の原因は、やはり犬の存在ではないかということ思います
 過去の歴史を見てみても、日本のあちらこちらで「鹿垣」や「猪垣」などの遺跡が見受けられますが、いつの時代からかは、まったく見受けることができなくなっています。この事実が何を現しているのか?

 日本の縄文時代の遺構からは、犬の骨の化石が出土していますが、恐らくこの時代には、それほど犬というものが、「人間界と自然界の番人」の役割を果たしていなかったのではないかと想像されます。いつの時代かわかりませんが、犬が「人間界と自然界の番人」の役割を果たしてくれることがわかり、山村の農家では犬を飼うことにより、農林産物を鳥獣より守ってきたのだとと考えています。そうでなければ、近世(江戸時代以降)も、「鹿垣」や「猪垣」などを作り、農林産物を守っていたはずなのですが、その頃には、既に飼い犬が境界の番人の役割を果たしていたので、「鹿垣」などの類は、すたれていたと想像できます

 再び犬を放し飼いにすることにより、鳥獣被害が防げるかどうかはわかりません。野生動物達も人間界に入れば、有り余るくらいの餌に、簡単にありつけることを知ってしまったからです。都会で排出される膨大なゴミに餌付いてしまったネズミやカラスと同じく、人里近くに住むイノシシ・サル・シカ・ハクビシン・クマなどは、農林産物にすでに餌付いてしまっているのです

 山村に住む人々は、これからも、延々と鳥獣達と戦っていかなければならないのでしょうか?

 これから、犬の放し飼いをすることで、鳥獣被害が確実に防げるという自信はありません。それでも、犬の放し飼いをすることを僕は薦めたいのです


 本日の写真は、典型的な山村の一こまです。ここでは、イノシシ・クマなどに、農林産物が荒らされていますが、まあ、日本中どこに行っても同じようなものでしょう